東京高等裁判所 平成元年(行ケ)8号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがなく、審決摘示の第一ないし第三引用例の記載内容(審決の理由の要点(二)の(1)ないし(3))、本願発明と第一引用例記載の発明との一致点及び相違点(同(三))についても当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報、以下「本願明細書」という。)、第三号証(第二引用例)、第五号証(第一引用例)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 いわゆるワンマンバス等においては、運行位置に応じ停車案内等をテープレコーダーで車内放送するが、その際、運賃表示器の表示内容も放送内容に対応して転換していく必要があるところ、かかる転換操作を自動的に行うために、車内放送用の録音磁気テープに複数トラツクを設け、その一つのトラツクに車内放送内容を録音するとともに、これとは別のトラツクに運賃表示を変更するための信号を記録し、テープの走行に伴つて車内放送とともに送り出される該信号に基づいて運賃表示器の制御機構を制御する構成を採用することにより、運賃表示を車内放送の内容に対応して自動的に転換させる装置が開発された。
2 第一、第二引用例記載の発明及び本願発明はいずれも、基本的には前項記載の構成を採用する運賃表示器の自動転換装置に係るものであるが、第二引用例記載の発明が前提とする運賃表示器は各運賃区界の運賃表示内容が予め記載された表示用巻幕を駆動モータで順次巻き取り操作することにより運賃表示を変更する構造のものであつて(巻幕式運賃表示器、この点は当事者間に争いがない。)、かかる運賃表示器を使用する装置においては運賃改訂時等に運賃表示を変更するために表示用巻幕の交換等多大の手数と費用を要する欠点があつたし、また、運賃表示器として本願発明と同様の電光デイジタル表示式のもの(デイジタル運賃表示器)を使用する第一引用例記載の装置においても、運賃表示器としてデイジタル運賃表示器を採用したことに伴い運賃表示内容を電気的に処理可能な信号(運賃データ信号)とし、該信号を運賃変更開始信号と区分することなく車内放送用の録音磁気テープの一つのトラツクに「運賃表示信号」として記録し(なお、右「運賃表示信号」が独立した運賃変更開始信号を設けるものか運賃データ信号自体にその機能を兼ねさせるものかは必ずしも明らかでないが、そのいずれであつても本件の検討に差異をもたらさない。)、これを制御装置を介して運賃表示器に送ることにより運賃表示を変更する構成のものであつたため、運賃改訂の際に運賃データが長くなつて磁気録音テープの同一箇所に録音できなくなることがしばしばで、そのような場合には録音磁気テープの全録音内容を煩雑な手順を経て再度録音し直すことを余儀なくされる等の欠点があつた。
3 本願発明は、以上の従来技術、直接的には第一引用例記載の発明を前提とし(なお、第一引用例が追加の特許出願に係る本願出願の主発明に関する公開公報であることは、当事者間に争いがない。)、同発明の有する前記欠点の解消を直接の課題として、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであつて、その要点は、バス等の運賃改訂時に変更を要する事項が運賃データのみであるとの着想に端を発し、第一引用例記載の装置では区分されていない運賃変更開始信号と運賃データ信号を分離し、車内放送用の磁気録音テープにはスタート信号(運賃変更開始信号)のみを残し、運賃データ信号は磁気録音テープとは別の記録媒体である半導体メモリーに記録するとともに、半導体メモリーから運賃データ信号を読み出す半導体メモリー制御回路の駆動を右スタート信号の入力にかからしめ右運賃データの読出しがスタート信号の入力毎になされるようにする構成を採用した点にあり、かかる構成を組合せたことにより、車内放送内容に対応して運賃表示を転換し得る前記1記載の録音磁気テープに関する構成の利点を損なうことなく、運賃データ記憶手段としての録音磁気テープの欠点を解消し、運賃改正時にも、半導体メモリーに記録された運賃データ信号の変更のみで、車内放送用の録音磁気テープとは無関係に改正作業を進めることができ、第一引用例記載の装置と比較しても容易かつ短時間に運賃を改正できる等の前記目的に沿う作用効果を奏し得たものである。
三 取消事由に対する判断
1 取消事由(1)について
(一) 本願発明の「スタート信号」が運賃変更の動作をスタートさせるための信号(運賃変更開始信号)であり、第二引用例の「動作信号」に相当することは当事者間に争いがなく、また、第二引用例には、車内放送用の録音磁気テープに右「動作信号」のみが記録される点が開示されていることも当事者間に争いがない。
(二) しかして、前記二2認定のとおり、第二引用例記載の装置の運賃表示器は各運賃区界の運賃表示内容が予め記載された表示用巻幕を用いるものであつて、デイジタル運賃表示器を使用する本願発明や第一引用例記載の装置とは、その前提とする運賃表示の方式を全然異にし、その結果、本願発明及び第一引用例記載の発明が、運賃のデイジタル表示のために、運賃表示内容を電気的に処理の可能な信号(運賃データ信号)とし、これを何らかの記録媒体に記録することを必要不可欠とするのに対し、第二引用例記載の装置では、前記のように運賃表示内容が表示用巻幕等に記載されているため、そのような技術的要請がそもそも存在しないことは明らかである。そして、本願発明が録音磁気テープにスタート信号のみを記録する構成とすることによつて解決しようとした点は、前記二3で認定したように、第一引用例記載の装置が、運賃データ信号を運賃変更開始信号と区別することなく車内放送用の録音磁気テープの一つのトラツクに「運賃表示信号」として記録する構成を採用したことに基づく欠点を解消する点に存し、かかる課題が、第一引用例や本願発明の装置における運賃表示内容を電気信号化したうえ何らかの記録媒体に記憶するという技術的要請を前提とするものであることは明らかであるから、その前提自体を欠き、したがつて本願発明における前記二3認定の着想、課題、構成を示唆しない(この点は前掲甲第三号証の記載からも明らかである。)第二引用例に、前記(一)認定のように録音磁気テープに運賃変更開始信号(「動作信号」)のみを記録する点が開示されていたとしても、そのことから直ちに、本願発明が第一引用例記載の「運賃表示信号」を「スタート信号」に代えた点の構成を容易に想到し得たものと解することは困難であり、また、他にこの点に関する本願発明の着想や課題、構成等を示唆し、これを自明とすべき証拠もない。
(三) 被告は、相違点(1)に係る審決の認定説示部分では、運賃表示の変更に関係する信号を第一引用例の運賃表示信号から第二引用例の動作信号に代えることが容易であると述べたのみで、第一引用例の運賃表示信号のうち運賃データ部分をどこに記録するかというような点は論外としている旨主張するが、本願発明及び第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明との間の運賃表示に関する電気的手段の差を抜きにして、これと技術的に密接に関連する運賃変更開始信号のみを取り上げて、その共通性を論ずることは相当性を欠くものというべきである。
(四) したがつて、相違点(1)に対する審決の認定判断は誤りといわざるを得ず、原告主張の取消事由(1)は理由がある。
2 取消事由(2)について
(一) 本願出願前から第三引用例にみられるような半導体メモリー及び半導体メモリー制御回路を制御装置の一部として使用した技術手段が一般に知られていたことは当事者間に争いがなく、前記当事者間に争いのない第三引用例の記載(審決の理由の要点(二)(3))に成立に争いのない甲第四号証(第三引用例)を総合すれば、第三引用例には、工作機械、産業機械等をシーケンス制御するための制御装置において、制御装置の一部としてリードオンリーメモリ4(本願発明の「半導体メモリー」に相当することにつき当事者間に争いがない。)及び制御ユニツト3(本願発明の「半導体メモリー制御回路」に相当することにつき当事者間に争いがない。)を使用した技術手段、すなわち、スタート信号により駆動する制御ユニツト3によつてリードオンリーメモリ4に予め記憶されたシーケンスを読み出し、これに従つて最終操作端を制御する構成が記載されていることが認められる(なお、審決は第三引用例の「入力信号」が本願発明の「スタート信号」に相当するとしているが、前記のとおり本願発明の「スタート信号」はその入力が半導体メモリー制御回路の駆動の条件をなすものであるところ、前掲甲第四号証によれば、第三引用例の入力信号は、その入力がシーケンスの一条件を形成するものであつて制御ユニツトの駆動の条件をなすものではなく、その意味で本願発明の「スタート信号」に対応するのは、むしろ三頁左上欄一四行ないし一五行記載の「スタート信号」であることが明らかである。)。
(二) しかして、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点に徴すれば、審決が相違点(2)に関していうところは、要するに、相違点(2)に関する本願発明の構成は第一引用例記載の装置に前記(一)認定のような一般に知られた内容からなる技術手段をそのまま適用したものにすぎないから容易に想到し得るというに尽きるものと解されるが、発明は具体的な課題を解決するための具体的な構成を内容とする技術思想であるから、たといその一部の構成が公知であつたとしても、これを組合せてなる発明が容易に推考し得たとするためには、その発明の具体的な課題、構成を示唆する先行技術の存在が示されそれとの比較検討を経る必要があることはいうまでもないところ、前掲甲第四号証の全記載に徴しても第三引用例に前記二3認定のような本願発明の具体的な着想、課題、構成が示唆されていると認め得ないのはもとより、既に認定説示したように第一及び第二引用例にもその点に関し何らの記載又は示唆もなく、他に、本願発明同様バスの運賃表示又はこれに類似の分野に半導体メモリーと半導体制御回路を組合わせた構成を採択した公知の技術が存したことを認めるに足る証拠もない以上、相違点(2)に対する審決の認定判断も誤りであるといわざるを得ない。
(三) 被告は、半導体メモリー及び半導体メモリー制御回路を使用した技術手段の用途は多岐にわたり、かつ、本願発明の課題及び作用効果は半導体メモリーの持つ固有の性質に関係するものであるから、第三引用例に敢えてその点が明記されていなくとも当業者の容易に予測し得るところである旨主張するが、被告のいうところは一般論にとどまり、そのことから直ちに前記二3で認定したような、バス等の運賃表示器の自動転換装置の技術分野に固有の本願発明の着想、課題等が当業者に容易に予測し得たものということはできないことは明らかであるから、この点に関する被告の主張も採用の限りでない。
(四) したがつて、仮に相違点(1)に関する被告の主張のとおり審決の判断に誤りがないとしても、右に述べたように相違点(2)に対する審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由(2)は理由がある。
3 そして、以上の認定判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。
四 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
複数のトラツクの記録部を有する車内放送用の録音磁気テープの一つのトラツクに、該テープに録音された車内放送内容に対応して運賃の変更される区界に相当する箇所毎に運賃変更用のスタート信号を記録し、再生ヘツドで再生された上記スタート信号により駆動する半導体メモリー制御回路と、運賃データが一定方式に従つてデイジタル信号で予め記憶され上記半導体メモリー制御回路により制御されて上記スタート信号の入力毎に所定アドレスのデータが順次読み出される半導体メモリーを備えるとともに、上記半導体メモリーから読み出されたデータによりデイジタル運賃表示器の表示をバス等の運行位置に順応して転換制御する制御用論理回路を設けて成ることを特徴とするバス等における運賃表示器の自動転換装置。(別紙図面(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(一)
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